源氏百人一首(パタパタ顔比較)

ページをみる

『源氏百人一首』の顔を比較する

『源氏百人一首』は『源氏物語』の登場人物が詠んだ歌を『百人一首』の要領で一首ずつ集めて挿絵とともに歌仙絵風・カルタ風に紹介する、「異種百人一首」の一つである。刊記は天保 10(1840)年と同 12 年の二種があるが、刊記上は天保 10 年版となるはずの本にも藤原定到による同 11 年の序が付されていることから、ここでは天保 11 年以降の刊行と見ておく。黒沢翁満著。天保 10 年の刊記によれば、松軒田靖書、棔齋清福(岡田清福)画。『源氏物語』の登場人物が百人(実際には 123 人)挙がっており、物語中の名歌百選のような構成とは異なる。中には物語で呼称があてられていない作者の歌もあり、状況説明を加えた「負方女御」(まけがたのにようご)や、憑座(よりまし)の歌と示す「物気童」(ものゝけのわらは)など、作者表記に工夫が見られる。和泉書院影印叢刊(1999 年)に管宗次氏の解説があり、伊井春樹編『源氏物語注釈書・享受史事典』(東京堂出版、2001 年)にも著録される。

2021 年 4 月から、大学院総合文化研究科博士課程の川下俊文氏・佐藤嘉惟氏と共に本書の講読を進めている(「文化コンプレクシティ演習 VI」)。諸本の問題は刊記の件も含めて現物調査の上でいずれ共同発表したいと考えているが、本によって顔の描かれ方が異なっていることがまず注目される(公開時にはこれを講読の成果の一つと述べたが、その後、2014 年 1-2 月の「鶴見大学創立 50 周年・鶴見大学短期大学部創立 60 周年記念 第 136 回貴重書展示 源氏物語の和歌」の展示解説において高田信敬氏によりすでに指摘されていることが判明した。訂正・追記してお詫び申し上げる)。「童子に目馴安からしめんとてのわざ」(惣論)として描かれた挿絵の顔は、先行する版と見られる大阪公立大学中百舌鳥図書館所蔵本(外題「源氏百人一首 完」、玉山書堂梓、天保 10 年と同 12 年の刊記を備える)ではいわゆる「引目」描写であるが、改変後と見られる版の奈良女子大学学術情報センター所蔵本(外題「頭書訓読/源氏百人一首湖月抄」、金花書堂梓、天保 10 年の刊記のみ)の顔は目が開いており、仮に「開目」版と呼んでいる。挿絵全体の改刻や被せ彫りではなく、部分的な埋木による修正と見られる。おそらくは版元が変わっていることと関わるのだろうが、そうだとしてもなぜわざわざこのような改変を加えたのかは不明である。先述した和泉書院影印叢書も開目版を底本とする。

この手法については、木越俊介氏より、歌舞伎役者の似顔象嵌に類するものではないかと御教示いただいた。高橋則子「近世の後摺り本の問題―四谷怪談の正本写し合巻」(『国文学研究資料館紀要』29、2003 年 2 月)には、同じ天保期における似顔象嵌(雁首すげかえ)の事例が紹介されている。まさにその応用と思われるが、役者変更といった現実の事情とは無縁のはずの『源氏百人一首』において試みられている点は注目される。

板本間の顔が異なること自体は簡単な「間違い探し」であるが、ただしどこの部分から彫り変えられているかの境目を見定めようとすると、「間違い探し」の難易度は一気に跳ね上がる。肉眼で見比べるかぎり、襟元あたりを探しても埋木による切れ目が確認できない場合も多く、その精巧さに驚く。

中村覚氏の解説にあるように、このたび ROIS-DS 人文学オープンデータ共同利用センター(Center for Open Data in the Humanities / CODH)の画像比較ツール“vdiff.js”(『武鑑』を用いた「差読プラットフォーム」が構築されている)を活用した画像比較アプリケーションが、「デジタル源氏物語」の一つとして公開された。原稿の校正方法の一つ、「あおり校正」(「めくり合わせ校正」とも)は作業の擬音から「パタパタ」と呼ばれるそうだが、それにちなんで言えば、この機能は「パタパタ」顔比較(Differential Reading)である。これにより、全首に見られる顔の違いはもちろん、47 番の五節君、48 番の平内侍における頭注の異なりや、55 番の明石乳母、56 番の夕霧左大臣における頭注および絵全体の改変も容易に確認できる。「パタパタ」はこのような不意打ちの異同の発見にも強みを発揮する。諸本比較の新たな枠組みを提供して下さった CODH の各位、および所蔵資料の画像を使わせていただいた大阪公立大学中百舌鳥図書館と奈良女子大学学術情報センターに心より御礼申し上げる。

(田村 隆)

技術説明

本アプリケーションの構築には、資料からの挿絵(図表)の抽出、抽出した挿絵(図表)間の比較、の 2 ステップが必要となります。このステップの遂行にあたり、以下の技術要素を利用しています。

  • 図表の自動抽出
  • vdiff.js
  • IIIF

資料からの挿絵(図表)の抽出にあたっては、図表の自動抽出による効率化を行いました。具体的には、NDL ラボ(国立国会図書館)が公開している「図表自動抽出のプログラム」(https://github.com/ndl-lab/tensorflow-deeplab-v3-plus)を用いました。このプログラムを適用した結果、資料に含まれる挿絵(123 件)を漏れなく抽出することができました。その後、誤って抽出された図表の除外や矩形領域の修正を行うことで、資料中の挿絵部分の位置情報を取得しました。

抽出した挿絵画像の比較にあたっては、CODH(ROIS-DS 人文学オープンデータ共同利用センター)が公開する「vdiff.js」(http://codh.rois.ac.jp/differential-reading/)を利用しています。比較対象となる画像の URL を与えることにより、画像間の差異が強調して表示されます。この入力する画像の URL の作成にあたっては、国文学研究資料館が採用している IIIF(International Image Interoperability Framework; 画像共有のための国際規格)の API と、前プロセスで抽出した位置情報を利用しています。

上記のように、機械学習技術(ex. 図表の自動抽出)の発展と、相互運用技術(ex. IIIF・vdiff.js)の活用により、データ・アプリケーション構築の効率化を実現しました。資料を公開してくださった機関、および上述した研究成果を公開してくださった関係者に心より感謝申し上げます。

(中村 覚)

本研究はJSPS科研費 19K20626の助成を受けたものです。

東京大学学術資産アーカイブ化推進室(附属図書館総務課)